大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和47年(行コ)25号 判決

東京都中央区日本橋本町二丁目三番地一

控訴人

有限会社 阿部祥美堂

右代表者代表取締役

阿部多仁雄

東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地

被控訴人

日本橋税務署長

青山勝馬

右指定代理人

寛康生

増山宏

押切瞳

丸森三郎

内海一男

増原繁樹

右当事者間の昭和四七年(行コ)第二五号法人税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。控訴人の昭和四一年七月二一日から昭和四二年七月二〇日までの事業年度分法人税につき、被控訴人が昭和四三年三月三〇日付をもつてした更正処分ならびに過少申告加算税および重加算税賦課処分のうち、借地権価額一一〇〇五、〇〇〇円の計上もれを理由として法人税額および過少申告加算税額を算定した部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、左に付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決七枚目表末行に「第一七号証の一ないし四」とあるのを「第二六号証の一ないし四」と訂正する)。

一、控訴人の主張

1. 控訴人と訴外泉物産株式会社間の原判決添附別紙土地目録(一)記載の土地(以下第一土地という)の売買契約、同目録(二)記載の土地(以下第二土地という)の賃貸借契約および第一土地の所有権と第二土地の貸借権との等価交換契約は、控訴人の借家権をまもるために永年の紛争と多額の費用を要したにもかかわらず、これらの費用および借家権は税法上資産計上が認められていないので、租税特別措置法の適用をうけることは、控訴人の死活問題にもかかわるものであつたことから、訴外会社と交渉を重ねた結果、やつとその承諾がえられてこれが成立をみるに至つたものであつて、決して仮装行為ではない。

2. 被控訴人の本件課税処分は、土地収用法等の規定によつて借家人に交付された補償金で土地等を取得した場合には課税上優遇措置を講じているのに対し、控訴人の家屋明渡しの実質等価として得た借地権の発生を通常の利益として課税されたものであつて、控訴人に対し著しく不利益を課するものであるから、法の下における平等に反する違法な処分である。

3. また、本件課税処分は、控訴人が借家権という資産を借地権と等価に評価して置換えたのにすぎないのに対し、実質的に資産の評価益ありとして課税したのに等しいものであるから、商法および税法における固定資産の評価についての取得価額主義の建前に反する違法な処分である。

二、被控訴人の主張

1. 控訴人は、訴外会社所有の建物の一部について権利金等を支払うことなく転借使用権を取得し、これを訴外会社に明渡す代償として、訴外会社から第二土地の借地権(時価一、三〇〇万五、〇〇〇円)を取得したが、この取得利益に対する法人税の課税を免れるため、租特法六五条の六の適用をうけることを思いつき、もつぱら同条の適用をうける目的で訴外会社との間で第一土地の取得と第二土地の借地権の等価交換という形をとつたものである。

2 収用等の場合の借家人補償金に限り、これを対価補償金とみなして租特法六四条による課税の繰延べを認めることにしているのは(昭和三八年六月二九日付直審(法)一五六号、直審(所)六〇号国税庁長官通達)、収用等が通常の任意譲渡の場合と異り強制譲渡であり、かつ、公共の利益となる事業に供するという特殊性にかんがみてのことにほかならない。したがつて本件において、控訴人が収用等の場合の課税の取扱いを援用するのは筋違いである。

3. 資産の評価益は、法人がその所有する資産について評価換えを行い、従来の帳簿価額を増額した場合に生ずるものであるところ(法人税法二五条参照)、本件の場合は控訴人が立退きの代償として新たに取得した第二土地の借地権を時価で評価して益金の額を計算したものであるから評価益を計上したものにはあたらない。

三、証拠

控訴人は、甲第六号証の三ないし七、第一七ないし第二五号証を提出し、当審証人海法幸平同井出正光の各証言を援用し、後記乙各号証の成立を認めた。

被控訴人指定代理人は、乙第五ないし第七号証を提出し、前記甲各号証のうち第六号証の三ないし七の成立は認めるが、その他の甲各号証の成立は不知と述べた。

理由

一、控訴人主張の請求原因一項および二項(一)(二)の事実は当事者間に争いがない。

二、原審証人阿部俊三の証言、原審における控訴人代表者本人尋問の結果およびこれらにより成立を認めうる甲第九、第一〇号証ならびに弁論の全趣旨をあわせると次の事実を認めることができる。

訴外阿部俊三は都内堀留一丁目において文房具の卸業を営んでいたが、戦時中の建物強制疎開をうけたので、店舗を物色中たまたま顔見知りの訴外会社の前身にあたる小倉商店の番頭石毛忠司から原判決添付建物目録記載の建物三棟(以下本件建物という)を昭和二〇年一月家賃四〇〇円と定めて借りうけた。その後右訴外人は個人経営事業を有限会社阿部商店(控訴人の商号変更前のもので、右訴外人を中心とする同族会社)に組織替えをしたところ、訴外会社からこれが本件建物の無断転貸にあたるとして建物明渡請求訴訟を提起され、昭和二五年二月二三日裁判上の和解(成立に争いない乙第一号証)が成立し、その結果控訴人は本件建物の適法な転借人(転貸人は右訴外人)として本件建物を使用占有することが認められるに至つた。しかしその後においても訴外会社と控訴人らとの間において、本件建物をめぐる紛争は絶えず、昭和三八年中に、家賃不払い、無断増改築などを理由とする明渡請求が訴外会社から提訴されるような有様で、これら当事者間における不信感は増強される一方であり、訴外会社は引続き再三、再四にわたり本件建物の明渡しを求めてやまないので、そのわづらわしさにたえかねて控訴人側としては将来のことを考えるち多少の損失はあつても店舗の場所を安定した方法で確保できれば訴外会社の要求に応じてもよいという立場のもとに話合いを続けていたところ、訴外会社から昭和四〇年になつて当時訴外会社の倉庫の敷地の一部に建坪一五坪三階程度の家を建ててやるから、今までと同じ条件で移つて貰えないかとの申出があつた。

しかし訴外会社に対する不信感から、家賃の点につき危惧の念があつたので、控訴人側はこれをことわり、その代案として土地を賃借したい旨提案したところ、訴外会社でも、これを検討することとし、その結果両者間において第二土地を控訴人に賃貸すること、本件建物は昭和四二年七月末日限り控訴人側において明渡すことという基本的な点について意見の一致をみた。

しかし控訴人としては、日本橋通りに面していた店舗から巾約六米の路地に面することになり、営業上多大の不利益を蒙るわけであるがこの点は前記のごとき店舗の確保という立場から譲歩するとしても、借家を立退く代償として借地権を得ることに対しては、多額な課税が予想され、それを負担することは控訴人にとつて過重であり、営業の存続に重大な影響があると考えられたので、税金問題をぬきにしては前記話合いはそのまま履行できないが、なんとかして税金問題を解決して、店舗敷地を確保したいと思い、この問題にとりくみ、借家権の代償として借地権を得た場合の法人税法五〇条の適用の有無につき顧問税理士らと共に研究したり、日本橋税務署の係官に問合せなどした結果、とにかく同条の適用をうけるためには一年以上資産を保有することが先決であるとして、訴外会社にその旨交渉したが、拒絶された。

そこで税金問題の解決の検討を双方で研究することにしているうち租特法六五条の六の適用を思いつき、訴外会社に相談したところ、訴外会社も異議なく、控訴人の税金問題の解決案に協力することを承諾したので、取得すべき土地および借地権の評価額などを調査し双方の弁護士や経理担当者などを交え、種々意見を交換した結果、裁判上の和解として、その旨を双方において確認し、履行を確保する手段をとることにした。その際控訴人としては右和解契約に対し租特法の適用をうけるためには真実第一土地の所有権を取得するものであることを明確にしておきたいと思い、その分筆ならびに登記をする必要があるのではないかとして訴外会社の代理人である井出弁護士に問い尋したところ、登記とか分筆というのは第三者に対する対抗要件にすぎないから、その点を危惧するには及ばないといわれ、控訴人の代理人である海法弁護士も同意見であつたので、これを諒承した。

そして右和解に基づき、控訴人は本件建物を訴外会社に明渡し、以前とは立地条件の悪い第二土地の借地権をえて、該地上に建物をたて現在同所で営業中である。

以上の事実を認めることができ、この認定をくつがえすに足る証拠はない。

三、そこで訴外会社と控訴人間の第一土地の売買およびその所有権と、第二土地の借地権と等価を評価し交換する旨の契約が仮装行為――虚偽表示であつて無効であるという被控訴人の主張について判断する。原審証人鈴木之輔、同大橋幸太郎、当審証人井出正光の各証言によると、訴外会社としては、本件建物の明渡しをうけ、これを取毀して新しく社屋を建築する切実な必要があつたので、永年にわたり控訴人側にその明渡しを求めていたところ、やつと第二土地を控訴人に賃貸することによつて、本件建物の明渡しをえられることになつたのであつて、

第一土地を控訴人に売渡し、その所有権と第二土地の借地権とを等価と評価し交換するという契約は、もつぱら控訴人の税金対策としてなされたもので、訴外会社としては実害がないと判断されたから、右申出を承諾したに過ぎず、その際売買代金、立退料などについて領収証は、交換したが、現実に金員の授受などはなされなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実および争いのない事実によれば、訴外会社から控訴人側に支払われるべき立退料は売買代金名義で、訴外会社から控訴人側に売渡されるべき第一土地は交換名義で、それぞれ訴外会社に返還されたことになり、結局事実控訴人側から訴外会社に移転されたのは本件建物の賃借権のみであり、訴外会社から控訴人側に与えられたのは二〇〇万円の貸付金と第二土地の賃借権のみであつて、第一土地の売買および第一土地の所有権と第二土地の借地権との交換はいずれも課税を免れるための仮装行為と認めざるを得ない。

四、当審における控訴人の主張2は、収用等の場合は、強制譲渡であり、かつ公共の利益のために行われるものであつて、本件の場合と事情を異にしており、被控訴人が本件課税処分に当つて本件を収用等の場合と同一に取扱わなかつたからといつて違法ということはできないから、理由がなく、採用できない。

また、同3は、本件課税処分は、第二土地の借地権を時価で評価して益金の額を計算したものであり(法人税法施行令九二条)、いわゆる評価益を計上した場合に該当しないことは明白であるから、理由がなく、採用できない。

五、原判決理由三は当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。

従つて、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法三八四条、九九条、八九条に従い、主文のように判決する。

(裁判長判事 田嶋重徳 判事 加藤宏 判事 園部逸夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例